シマウマのように白か黒か・・・

医療の片隅で思う疑問や思いをつづる三十路

研修医・専攻医の過労はなぜなくならなのか?

100日連続勤務、若手医師の過労死 “息子で最後に”母親の訴え | NHK | WEB特集 | 医療・健康

 

甲南医療センターで勤務していた26歳の才能ある医師が亡くなった件について

 

たびたび取り上げられていますが、これは日本型医療の完全な負の遺産であると考えます。

 

問題はあげればきりがないのですが、

①患者参加型の医療の提供

②医療=サービス業であるという国民への刷り込み

③高度な医療が提供可能となった弊害

④医局派遣の崩壊と総合研修制度(初期研修制度)の開始

⑤高齢者増加による救急搬送の増加

⑥医療訴訟の増加

⑦インターネット普及とマスコミの誤った知識の拡散による医療齟齬

生活保護特定疾患の増加、ならびに外国人受診者の増加と未収金の増加

⑨フリーアクセスによる重複検査の増加

⑩1回処方量の縮小による診察回数の増加

⑪的を得ない労働環境の改善

⑫専門医制度開始による特定医療機関への患者集約

インセンティブのない医療

 

挙げればきりがないですが、少なくともこれだけはあるかと思います。

たとえば、今各市中病院や大学病院の病院長となる人は、若くて50歳代~60歳後半となると思います。

 

この人たちの研修医時代といろいろと考えていくと、

・血液検査は、今のように迅速な結果は得ることができません。

MRIは、頭部撮影するのに30分以上かかっても得られる画像は良くない。

・紙カルテで運用しており、医師記録はドイツ語と英語が混ざっていて解読不可能。カルテを取りに行くのにも時間がかかる。

・高齢化率が現在よりも少なく、そのような患者が相対的に少ないため、現在の患者数よりも相対的に救急患者が少ない。

 

そしてなにより、患者が夜間等で救急外来で待ち時間が長いとしても文句を言わない人が多かった。それがすべてだと思います。

 

現在救急車で来院する患者は、患者紹介率に影響しないことから病院経営者としては積極的に受け入れたいと考えます。

 

そして患者を受け入れる病院というのは、研修医や専攻医が救急外来を請け負う病院です。

受け入れる現場の看護師等は、状況を見ながら積極的に受け入れる結果、その日に診断する患者が増加し彼らが休めない状況を作り出しています。

 

専門医になるために若い時から症例をまとめ、専門科目の試験や面接の勉強まで行わなければならずかなり大変な状況だと思います。

 

専門医になるためのものが自己研鑽になるのか?研修病院は、専門医を育てるという側面もあります。であれば、勉強時間を自己研鑽として扱うのはどうなのか?と思います。自己研鑽というなら一切病院の業務(病棟管理やカルテ記載、電話対応等)から切り離されるべきだと思います。

 

残念なことに現在の日本型医療を継続するならば、今後も研修医や専攻医は1年で数人程度いなくなってしまうでしょう。まじめな人ほどこうなると思います。

 

これらをなくすための1つは、病院に受診しないことです。無駄な医療を受けないことです。

 

健康なからだを維持する。それにつきます。みなさんの協力が必要です。彼らを助けてください。